ニッチの中の本質 智の真空地帯を進む

智の真空地帯を突き進む活動は、文字通り真空なので苦しいが、なぜかとても気持ちがいい。私の研究活動そのものである。

医療業界でいうと、創薬にはかなりの研究費が投じられているが、私たちの業界はそれと比較すると、え?というほど少額でやりくりしている。まあ、実験系ではないので機器なんかにかける費用は少ない。しかし、大規模な疫学研究でもなく、生身の人間の行動だの気持ちだのそういうものをデータとして収集するのは非常にデリケートであり人手も必要であるが、そのあたりはどうも理解されない。

世界規模でみると、名だたる雑誌に載るプライマリーリサーチにはとにかく数が必要だ。観察研究の場合、サンプル数は少なくとも3桁は必要であり、最近は4桁5桁が主流である。介入研究でも3桁が当然だったりする。そうなると当然莫大な費用が必要であるが、アメリカや最近は中国などでも大規模研究費が看護研究にも投じられている。

さらに研究デザインも未だにRCTが一番のような雰囲気がある。別に言い訳するわけではないが、看護ケアのRCTは結構難しい。世の中のエビデンスという言葉はかなり限局的なイメージを持って実践にもアカデミーにも浸透しているので、よくある研究デザインのヒエラルキーの中では、RCTが良いということになるのだろう。最近はそれとは別の次元で質的研究の存在感が医学の中でも強まっているが、まだIFの高い雑誌の中ではエビデンスレベルの高さ云々の研究が主流である。質的研究であっても、ほとんど30人、50人、といった規模でのサンプリングになっている。ここでも大きな費用が発生する。

日本の微々たる研究費で何ができるのか、まともにやっていても質でも量でもサンプル数では欧米には勝てない。勝ち負けではないが、やっぱり自分たちの実践や、そんな視点からですか!というような国内外の研究者が唸るようなものを発信していきたい。それには隙間を埋めるようなテーマ設定が大事である。つまりニッチを探るのである。こういうとかなりオリジナリティが必要であるが、これは大して難しくはない。きちんと臨床実践をみて、先行研究と結び付ければよいのである。注意深くやっていくと隙間が必ずある。それがニッチである。でもニッチは実は隙間でもなんでもなく、実践の本質をついているように思う。それは現場マターでリサーチクエスチョンを出しているからである。このあたりは実際の研究成果を出してから言わないとな。だから、早く研究を世に出さないと。従来の典型的なデザインとは少し違うので、苦労はするけど。

 

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