つながり

月に1回の子いるかの会に参加するため山陽電車で高砂に向かう。 車窓からの海は今日も穏やかで、ヨットがいくつもある。ヨットはいくらするのかと下世話なことを考えながら、明石海峡大橋の向こうの淡路島をみる。義理の両親がいるところだ。昨日も義母が作って仕事で立ち寄った義父に持たせてくれたロールキャベツを食べたなと思い出す。料理上手な義母の味は本当に美味しい。これを作るときに私のことを考えてくれたのだと思うと、ホッとした気持ちになる。いろんな人が自分のことを少しずつ考えていてくれることが、当然ではないんだと思う。今から行く子いるかも、別に私を待っててくれるわけではないけれど、あのみんなで集う数時間の楽しい雰囲気の中にいる1人としては認識されているだろう。とてもそれが有難いと思える。 20年前はこんなんじゃなかったなと思う。自分1人で生きていけると思ってたなあ。今以上に生意気極まりないと思う。 この間に自分の能力が絶対的に足りないことを実感してきた。ひとりでは何もできないことを知った。患者さんからは、認知症っていわれた気持ちがわかるのかといわれ、家族さんからも、どうせこの会話がおわれば済むと思ってるんでしょう、しょせん大学の研究者なんて腰掛けだといわれ、本当にそうだなと思い、腰掛けだからできることをしっかりやろうときめて博士課程に行き始めて10年になる。 自分にできないことを知ってるから、人に頼ることができる。 いま、私がイキがっていた時代の学生たちを目の前にして、昔の自分をみているようにも思う。あー、人材育成って時間がかかるなと。せっかちな私はそういうところは昔とかわってないな。まだ自分も発展途上のくせに人を導く役割を持つので始末がわるい。いつまでも修行が続いてる気がして、時々投げ出したくもなるが、車窓からの海をみて、たくさんの人たちが少しだけ期待してくれていることを思い出した。

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